wabisuke's photo diary

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2009年 10月 20日

それでも止まらない

twitterを初めて数ヶ月、ふとあることに気が付いた。
twitterを現実社会のコミニュケーションに置き換えるならば、

道端で全く面識のない人であるけれど、すれ違いざま何気なしに目があった人に軽く会釈する。
こういうこと偶にありますよね。
また、その時点で何かしら気になったことや共通点を見いだしたとき、
たとえば(お子さんや孫さんを連れてらしたら)かわいいお子さん(お孫さん)ですねとか、
良い天気ですねとか、今日はえらい混んでますなぁとか、から会話の糸口が始まります。
twitterのつぶやきは、そんな感じも含んでるような気がしますし、そうあるべきだと思っています。全く誰もいないところで、ブツブツつぶやくのは、すこし違うし危ない感じです。
現実社会でもですけど。

twitterに戻りますが、他人のつぶやきを追うためにはフォローという目印の設定をしなければなりません。一方的に目印は付けられます。付けられた相手は、事後に連絡されます。

希に、フォローしてくれてありがとうとか、される方がおられますが普通は何も返しません。
まぁ、そこまでは良いのですが、その方のつぶやきを何らかの理由で止めたいとき、或いはフォローして欲しくないときに、そういう設定が出来るようになっています。

前者の何らかの理由で止めたいときに、私は最初、自分がフォローを申し出たのに前もって、

  フォローの解約をしてもよろしいでしょうか?

などと聞かずに、一方的にフォローを解消してしまいます。
これって、最初はすごく気がとがめて出来なかったのです。
こういう思い、すごく日本的なものの考え方なのかなぁと思っていました。
でも、最近ではtwitterの超希薄な匿名性の高い仮想社会に慣れてしまって、すぐフォローしたり
すぐリムーヴ(解消)してしまうのが当たり前になりました。

いずれ、仮想社会と現実社会が混在化の後、融合してしまうだろうと想像に易いことは言うまでもないと思いますし、twitterのようなシステムがトリガーになって更に加速していく気がします。

それでもこの流れは止められないでしょうね。

犯罪や暴力などは中々変えられないけど、面倒なこと、しんどいことは簡単にかえてしまうんですよね。

それが正しいことじゃないと解っていても・・・
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by funakakushi | 2009-10-20 11:47 | 近況 | Comments(0)


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